日光東照宮献上醤油「譜代相伝」
日光醤油を「醸す」仕事一筋に守り続けた歴史と、
挑み続ける伝統からこの味にたどり着きました。
「醤油に米の甘みが加われば、ごはんに合う醤油ができる。ごはんに合う醤油なら、ごはんに合う漬物ができるはず。」
先代社長・順一は東京農業大学在学中、現在の醤油造りの根幹を成す製法を閃きました。米を原料に醤油を造るのだ、と。
根底にあった稼業の一つが〝くず米交換〟集めた米に応じて味噌や醤油を渡す、いわば物々交換。その集めた米を通常のルートで売らず、米糀に加工し、醤油を仕込む。
できあがった醤油で漬けた品は大変な好評を博しました。この味を再現すべく、同業者が高額な分析を行っても辿りつけず、3カ月無償で働かせてくれとの申し出もあったほどです。
守り続けることは、変わり続けること。
材料の吟味は勿論、やはり最も大きな効果を得るために「米糀」の進化が必要でした。
理想の糀造りを実現するために国の制度、ものづくり補助事業を活用。さらに知恵を出し合い環境も改善することで品質は飛躍的に向上しました。
奇跡というのは偶然起こるのではなく、環境が整うことでおきる必然なのかもしれません。当時名もなき醤油は平成25年に日光東照宮献上醤油「譜代相伝」として歴史の表舞台へと躍り出ました。
日光醤油の歩みは今までも
そして これからもずっと
譜代相伝の歩みと共に
現状の製法に満足せず、米と向き合う試行錯誤の日々は今なお続いています。